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三つ子の魂百まで(これまでのこと、これからのこと)

もともと私の母方の家系は、不思議なことを体験してきました。

いえいえ、「幽霊が見える!」「死者の声が聞こえる!」とかそういったものではなく、ただ不思議なことを体験する程度。(※私自身は見えないので断定できませんが、霊魂はたぶんせいぜい感じる程度。決して霊能者ではありません。)

表向きは家族皆とても現実重視で普通といえば普通なのですが、目に見えるものしか信じないことになっていました。

よくあるサラリーマン家庭でしたので、将来の夢も当然サラリーマン。そんな環境でした。

でもじつは祖母、母、私、そろって不思議な世界(オカルトな世界?)が大好き。かなりつっこんで話せる環境で私は育ちました。今思えば恵まれていたかもしれません。

そんな中、小学生当時少女向けの『My Birthday』という雑誌が創刊されました。確か1979年創刊ですから、若い方はご存知ないかもしれませんね。

そこには乙女心をくすぐるおまじないや占星術、心理テストやカード占術などもたっぷりと紹介されていました。

そんな不思議な世界に夢中になって思春期を過ごしましたが、それも高校生ぐらいまで…一旦不思議な世界はお休みになります。

芸術の世界に熱は移行していきました。コマーシャルアートを目指していました。

そして芸術系の短大生になった時、学部の助手の女性からタロット占いをしていただいたのがきっかけで、ぐいっとまた不思議な世界に引き戻されました。ボッと火が付いたというのでしょうか。

そして初めてタロットカードを手にすることになります(本格的なものではありません)。

友人を占うことが主で、あとはだいたい自分のことを占いました。気になる人のことも占いましたね…楽しかったです。

就職してからは、本格的なタロットカードをアメリカから個人輸入して、休憩時間や就業時間後に休憩室でタロットカードリーディングを行いました。

評判は良くてリピーターさんも付きましたが、育った家庭のせいかサラリーマンを辞めて占い師になるという選択はありませんでした。

それでもタロットの世界からは抜けられず、身近な人を占ってきました。電話による鑑定もしました。電話の向こうで「そうそう!!どうしてわかるの!!」という声をいただいた時は、私自身もとても興奮したものです。

中でもハワイで友人相手に行った鑑定では、映像として友人が就職する会社のことがどどどどっと脳内で再現されるもので、今までの不思議体験とはわけが違うスケールの鑑定ができました。島のバイブレーションにうまく乗ったのでしょう。

結婚生活に入って、「他人を鑑定する」という行為としては少しブランクが空きましたが、それでも自分自身のこと、仲のいい友達のことをちょくちょく診たり、何より関連書籍を沢山読み、海外書籍を自分で訳したりしてずっと勉強を重ねてきました。

自分自身、占いが好きなので様々な占術鑑定士さんに診てもらうこともあるのですが、その際にはしょっちゅう適職を問うていました。サラリーマン生活が本当に楽しくなく、充実とは程遠い生活だったからです。

複数の占術鑑定士さんたちから言葉をいただきました。

「あなた、自分で何が向いているかわからないの?もう心の中でやりたいことは決まっているでしょ?……私が今こうしてやっていることですよ!!!」(※占術鑑定士に漠然となりたいと思っていた頃のことです)

「引き寄せる力が極端に強い人だから、あまり無駄なことで引き寄せる力を使うと勿体ないわよ。私と同じ仕事をすればいいのに。絶対できると思うけど…力があるもの…わかってますよね?なんとなく、雰囲気というか…自分でわかるのでしょう?いままでそうしてきたでしょう?どんなこともなんとなくわかる、で見通してきたはず。良いことも悪いことも。そしてその通りになってきたはず」(※確かにそうでした。)

こうして言葉を色々いただいて、背中を押していただいても…

そりゃタロットカードリーディングが仕事になればそんな楽しいことはないけれど、仕事はサラリーマンでしょ!と思ったまま捕らわれていました。ずっとタロットカードの世界に潜っていたいと思ったまま時は過ぎて…

ある日、サラリーマンがとてもつらくなりました。仕事に行けなくなって小さい頃のことを思い出す日々。もう好きなことしかやりたくない、やらないと決意した時、

タロットカードとともに生きていこうと決めました。

そして現在に至ります。

 

タロット占術鑑定士/なかむら ようこ

 

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